道徳と倫理との違いって?

ニッポンのジレンマ「僕らの救国の教育論」を見てて思った。

価値観の多様性を認めるような道徳。 いや、倫理か?

あれ? こんがらかってきた。

道徳と倫理との違いって、何だろう?

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ネット辞書で調べて見ました。(大辞泉)

どう‐とく〔ダウ‐〕【道徳】(大辞泉)
1 人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体。
外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く。
2 小・中学校で行われる指導の領域の一。昭和33年(1958)教育課程に設けられた。
3 《道と徳を説くところから》老子の学。

りん‐り【倫理】(大辞泉)
1 人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。
道徳。モラル。「―にもとる行為」「―感」「政治―」
2 「倫理学」の略。

わかったようでわからない。

道徳 → 善悪・正しい行為、守りしたがわなければならない?
倫理 → 善悪・正邪の判断基準、普遍的

道徳は、小・中学校で指導されるもの。
倫理は、学問。 より高尚?

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もういっちょ。 (大辞林)

どうとく[だう―] 0 【道徳】(大辞林)
[1] ある社会で、人々がそれによって善悪・正邪を判断し、正しく行為するための規範の総体。
法律と違い外的強制力としてではなく、個々人の内面的原理として働くものをいい、
また宗教と異なって超越者との関係ではなく人間相互の関係を規定するもの。
[2] 小・中学校において、道徳教育を行う教育課程。1958 年(昭和 33)から新設。
[3] 〔補説〕 もっぱら道と徳とを説くことから。老子の学。

りんり1 【倫理】(大辞泉)
[1] 人として守るべき道。道徳。モラル。
[2] 「倫理学」の略。

わかったようで、わからない。

道徳は、正しく行為するため。
倫理は、・・・目的がない?

他は、大辞泉と似ていました。

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英和辞典でも調べてみました。

どうとく【道徳】(プログレッシブ和英中辞典)
〔行動の正しさ〕morality; 〔行いの規準〕morals

りんり【倫理】(プログレッシブ和英中辞典)
ethics

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どうとく 【道徳】(ニューセンチュリー和英辞典)
(社会的行動・慣習の基準)morals(※しばしば男女間の品行をさす);
(道義)morality;(特定の集団・職業の)ethics(※複数扱い.→倫理).

りんり 【倫理】(ニューセンチュリー和英辞典)
(特定の集団・職業における善悪の判断基準)ethics(※複数扱い);
(社会的行動・慣習の基準)morals.(※ethicsほど客観性を重視しない)(→道徳)


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うーん、こんな感じ?

道徳(morals > ethics) → 社会的行動・慣習の基準(客観性を重視しない)
倫理(morals < ethics) → 特定の集団・職業における善悪の判断基準

なんか「ethics」の和訳として、倫理を引っ張り出した感じ。

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さらに、ぐぐってみました。

倫理と道徳の違いは何ですか?Yahoo!知恵袋 解決日時:2007/4/1 12:06:37.

倫理と道徳、共通してるのは規範の形成です。
道徳は社会規範であり人間関係です。道徳に従うと、周囲から徳を得られ、何かと得です。日本では「空気を読む」に代表されるような、不文律が多いので文書化されない事が多いです。言葉には「説明(コンスタティブ)」と「指示(パフォーマティブ)」があります。日本では説明したつもりが指示になっていたり、指示してもその通りにならなかったします。言葉と現実とのズレがあり、文書化がしづらいのです。
倫理は人が見ていなければ仕出かせます。犯しても従わなくても、損しないのです。「あとは野となれ、山となれ」「旅の恥はかき捨て」だったり、反倫理的な誘惑があります。こちらは雑学のように文書化できます。
倫理には誘惑があります。近親姦、人食、あやまち、罪の誘惑、領分を侵す、イケナイ情事、夜更かし、深酒・・・。駄目だと分かっていても、やってしまう魅力がある。反語的に「倫理は犯すためにある」と言えます。ただし、道徳を犯す人はいません。社会での立場を失い破滅を招くからです。
倫理を評価するのは主に時間です。長い時間の中で分かります。環境が破壊されても公害をまき散らしても、後の事など知らない。そう言って、乗り逃げ食い潰しを実践しても誰も咎めません。そこにストップをかけるのが倫理です。また、環境を考え子孫のことまで考えると、徳のある人になれます。
道徳は積み上げて行くものであり、倫理は抑制するための歯止めです。 .

大切なことだから、2度言いました。。。的な?

「文章化」という視点は、興味深かったです。

 道徳は文章化しずらい
 倫理は文章化できます

また、「損得」の話もありました。

 道徳に従うと、周囲から徳を得られ、何かと得です
 倫理は犯しても従わなくても、損しないのです

まじで?
なんとなく、商売と通じるものを感じました。
隣人を愛せよ、みたいなの。

また、こんな回答もありました

 道徳→外部(社会)からの基準
 倫理→内なる基準

ふむふむ。
学問的な香りがする。
悪く言えば、学問臭なんだけど。

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倫理と倫理学の違い / 学びの扉(関西大学)

(1)倫理と倫理学の違い 
 倫理と倫理学との違い、道徳と道徳哲学の違いという話をします。
 ある大学で倫理学の講義をしたとき、講義の第一回をこういうふうにはじめました。「この授業は倫理の講義ではなく、倫理学の講義です」。一回では聞き取れないかもしれないのでもう一度くりかえしました。「この授業は倫理の講義ではなく、倫理学の講義です」。すると、何人かの学生が「わからない」というふうに首をかしげました。そこで、もう一度いいました。「この授業は倫理の講義ではなく、倫理学の講義です」。すると、ひとりの女子学生が小さな声でいいました。「しつこい」。しつこいといわれても、ともかく最初にそこを確認したかったのです。
 さて、倫理(道徳)と倫理学(道徳哲学)の違いは何でしょう。倫理は、英語でethicといいます。道徳はmoralです。倫理と道徳と別のニュアンスで使うときもありますが、話をはなから枝分かれさせないために、同じ意味だとして話を進めます。オクスフォードの英英辞典では、ethicは、a set of moral principles in human conductとなっています。これは簡潔な定義だと思います。そこで、倫理(道徳)とは、「たがいに関連しあうひとまとまりの倫理(道徳)的判断」としておきます。でも、これでは定義といえませんね。倫理を説明するのに倫理ということばを使っているからです。
 それでは、倫理(道徳)的判断とは何か。ここではさしあたり、「倫理(道徳)的判断」とは「ある行為やあるひとの性格(x)の価値(value)(たとえば『xはよい(悪い)』)や規範(norm)(たとえば『xすべきだ(してもよい/してはならない)』)について下される判断」と定義しておきます。xのところを具体的な内容で埋めれば、たとえば、「うそをついてはならない」とか「約束は守るべきだ」とか、私たちが子どものころから教え込まれてきたさまざまな規範はその例です。、ほかのひととつきあいながら生きていくには、大学に入ろうが、就職しようが、私たちは倫理から離れることはできないでしょう。
 さて、これにたいして、倫理学(英語ではethics)、道徳哲学(moral philosophy)とは、「倫理について考えること」です。
 しかし、「倫理について考える」とは、いったい、どういうことか。
 そのひとつのアプローチ(取り組み方)は、倫理の根拠を問う、つまり、「xはよい」「xすべし」にたいして、「なぜxすべきなのか」「なぜxはよいのか」と問うことです。「xすべし」「xはよい」といえる根拠を確かめてから、「xすべし」「xはよい」と主張しよう。こういうアプローチを規範倫理学とよびます。
 これまでのべたことを、私が書いたものですが、引用します。
 ある行為をするのが善いことか、悪いことか、すべきなのか、してもよいのか、してはならないのか。それにたいして、「その行為は善い(悪い)、すべきだ(してもよい、してはならない)」と特定の答えを示唆する見解を倫理とよぼう。ひとは、一生、生理学を知らなくても生きていかれるかもしれないが、社会のなかに生きる以上、倫理に関わりなく生きることはできない。その意味で、何も知らないまったくの素人は生理学にはありえても、倫理にはいない。
 しかし、倫理というものを知っているからというので、だれしも倫理学者であるわけではない。倫理学者とは、倫理について考えることに関心をもち、その考察に専門的に従事している者だからだ。倫理について考えるその考察のひとつは、ある特定の内容をもった倫理がある行為を善い(悪い)、すべきだ(してもよい、してはならない)と判断するその根拠を問うことである。その結果、ある倫理学者がひとつの答えを他よりもしっかりと根拠づけられていると判断する場合もある。そのときには、その倫理学者はその特定の倫理を説き、推奨するだろう。こうした考察を規範倫理学と呼ぶ。(品川哲彦「生命と倫理 生命倫理学と倫理学の生命」、有福孝岳編『エチカとは何か 現代倫理学入門』ナカニシヤ出版、1999年、268-269頁)。
 最初にいったように、私は倫理学の講義をはじめるまえに「この講義は倫理の講義ではなく、倫理学の講義です」といいました。それはつまり、その講義は、「何々すべし」とか「何々はよい」と倫理(道徳)を説くお説教ではなく、倫理(道徳)について考える講義なのだといいたかったのです。

なるほど。

 道徳は、moralです。
 倫理は、ethicといいます。

 ethicは、a set of moral principles in human conduct
 ※オクスフォードの英英辞典

倫理の方がより根源的ってことでしょうか。

 道徳哲学(moral philosophy)
 倫理学(ethics)、

ん? 倫理学って、哲学の一部じゃなかったの?
同じ意味っぽいが、よけーにわからなくなった。

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「道徳と倫理」 / 気の向くままに 2007/1/20

 「道徳」は考える余地のない社会規範であり
 「倫理」は考えたあとでの自己規範である。

 ある一定の年齢になると、「道徳」の「良い事」に矛盾が生じる。
 「道徳」では無条件に「良い」とされてきた事を「考える」。
 それが、「倫理」である。

なるほど。
日本の教育理念っぽくて、興味深い。

しかし、考える余地のないってw
だから、「先に結論ありき」的な、奇妙な授業が横行してたのかも。

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道徳、倫理、社会通念。この3つの違いをスッキリさせたいのですが、使用例なども含めてお教え下さると有り難いです。Yahoo!知恵袋 解決日時:2006/9/23 20:42:11.

「倫理」、「道徳」と、「社会通念」ははっきりわけて考えましょう。前の2者はかなり似た概念ですが、後者は違います。前の2者は価値観を持っているのに対して、後者は価値観を含まないからです。
?、「倫理」と「道徳」基本的にこの2者は非常によく似たものです。ある人はそれは同じものだと考えるかもしれません。つまり、後者を難しく言ったのが前者である、と。しかし、もう少し違った考えもありえます。「倫理」の方がより根源的なのです。
●「倫理」というのはもともとは中国の『礼記』に出てくる言葉だと言います。人間の本来あるべき道、ということになりますが、道徳より根源的なその規範原理を「倫理」と言います。
●「道徳」これはもう少し表面的です。人間はこうしなければならないという社会規範そのものです。人間が本来あるべきとされる姿、態度、それが道徳です。
■「お年寄りを大切にしよう」というだけでは「道徳」でしょう。「目上の人には敬語を使うべきだ」というのも「道徳」でしょう。
しかし、人間はいかなる存在か、目上の人はなぜ敬わなければならないのか、ということろにまで踏み込んで考えていくと「倫理」になります。学問の対象でもあります。
■妻帯者がそれ以外の人と性的な関係をもつことは「倫理に反した」行為と見られます。
?、「社会通念」
これは?のような「人間はこうるべきだ」という価値観は入りません。 ●ただ、社会通念でこうしなければならない実際にこうしている、という一般常識そのものです。いい社会通念もあればあまり、あまりそうではないという社会通念もあるでしょう。
人が亡くなった日の夜は「お通夜」と読んで、知人や親戚が集まって個人の遺体のそばで夜を明かす、これは「社会通念」でしょう。
■寝巻きのまま廊下に出ることは本来は許されないが、その上に丹前などを羽織って近くのみやげ物やを散策することは「社会通念上、認められ」います。

なるほど。

 「道徳」は、より表面的。 〜しよう。 〜べきだ。
 「倫理」は、より根源的。もともとは中国の『礼記』に出てくる言葉
 なぜ?を踏み込んで考えていくと「倫理」になります。学問の対象。

わかりやすかったです。

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「道徳と倫理の違いって何なんですか?」 / 餃子定食始めました 4月7日

 教師が一方的に「これが正しいのだ」「こうしなさい」と教えるのが道徳で
 「なにが正しいのかお前ら自身で考えてみろ」というのが倫理

なるほど。
自分の言葉で話してる感じで、わかりやすい。
学問を学んでいる方の言葉だとも感じました。

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考えを、整理してみました。

道徳と倫理とは、基本的には良く似ている。
国語事典に従うと、特に。
明確な区別はなく、同じような意味で使う人も多い。

あえて言うなら。。。。こんな感じ?

中学まで(義務教育)は「道徳」。 必須科目。
高校からが「倫理」。 選択科目。

道徳 → より具体的な話が多くて、
倫理 → より抽象的な感じ。

実際に倫理という選択科目は取ったことがないので、
想像で。

道徳 → しつけ的な側面があり、押し付け感も。
倫理 → 学問的な側面があり、一見難しそう。

学問だと、ハマっちゃう人もいるだろうし、
逆に、毛嫌いする人もいるだろうか。

ネットを調べていると、
日本の歴史を重んじる人は、「道徳」を大切にしている人が多い
そんな気がします。

道徳 → 老子の学(老子道徳経)、紀元前6世紀の人物
倫理 → 礼記(礼に関する書物)より、五経の1つ(唐以降)

道徳の方が歴史が古そうだし。
倫理はとってつけた感がある。 英語輸入時に。
道徳(moral)と倫理(ethic)と。

一方で、「道徳」という言葉には偏見を感じることもあります。
「価値観を無理やり押し付けられた」って、日本限定?

まあ、思春期初期(10歳前後)から社会性が芽生えはじめ、
善悪・正邪を考えるようになりながら、葛藤も生まれてくる。
誰しもが「押し付け感」を感じるようになる、とも言える。
親だったり。教師だったり。会社だったり。社会だったり。

ただ、それが「道徳」と言われてしまうのは、悲しい。

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価値観の多様性を認めるような「道徳」。。。かな。
今の日本教育に必要なのは。

日本が持ち続けるジレンマの正体が見えた気がした。