良い店とそうでない店と。

扱ってるモノの良さ?

見た目の雰囲気?

人の良さ?

いろいろとあるのだと思う。

最近わかったことは、それ以外の「何か・・・」だ。

「また来たい」 「誰かに教えてたい」

そう思える店と、そうではない店との違い。

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なぜこの人は買ってくれないのだろうか?

そこには、必ず理由がある。

本人もわかっていないのかもしれないが、必ず理由がある。

でも、お客さんではないから、なかなか教えてはくれない。

なぜ彼らは買ってくれないのだろうか?

どうしたら教えてくれるだろうか?

商売をしてる人なら、誰しもが悩んだ経験があると思う。

あのお客(候補)とはそりが合わないんだ。

つい邪険にしてしまう。

あのお客(候補)が悪いんだ。

つい反発してしまう。

そりゃそうだよね。

今の自分を否定されてるようなものだから。

そこから目をそらせたくなるのが自然な行動。

でも、喧嘩と同じ、早く折れたもん勝ち。

勝ち負けじゃないんだけれど。

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突き詰めていくと「人と人との繋がり」だった。

お客の視点から見た場合に重要になってくるのは、

今のありのままの自分を受け入れてくれているかどうか。

これは親子関係と似ている。

すべては、そこがはじまりなのかもしれない。

商品を買う、サービスを受けることで、お客から受け入れるか。

新商品や新しいサービスを開発するなど、お店側から受け入れるか。

そのどちらが最初でもいいとは思うのだけれど。

お客から寄るのを待っていたら、日が暮れてしまう。

立地が良ければ、それでも成り立つ?

んなわけない。

一番ツラいのは、「条件付き」の受け入れ。

商品を買ってくれたら、あなたを受け入れますよ。

買わなかったら、ごめん、邪魔だからどいてください。

 ヾ(□ ̄;(((\( ̄皿 ̄)/))) ̄□)ノ ドケェ!!。

お客がそんな対応を受けてるかもな?、と感じはじめると、

しだいに、人の心は離れていく。

お客になるかもしれない人は、ただの人となる。

でも、今忙しいのだから仕方がないじゃん。

またこの「でも、〜」という否定的な反発だ。

この考え方の習慣に気づかないうちは、デフレスパイラル

ますます落ち込んでいってしまう。

うつなボクの考え方だった。

この考え方のままだと、何もできなくなってしまう。

でも余裕がないほどに、気づかない、気づけない。

後で、人が離れていってから気づく、のかもしれない。

ボク自信、人と話すのが面倒になり、一人になってみてわかったこと。

もう何年経っただろうか。

ようやく気づけたことが、もう1つある。

本当のボクは、さびしがり屋なのかもしれない。

そういえば、本当に大切にしなければイケない身近な人を大切にしてなかったな。

そして、どうでもいい人ばかりに気を使い、神経をすり減らしていたな。

ほんと、アホやったわ。

そんな、マヌケでアホで弱い自分を認識しはじめてからだろうか。

少しずつ、見てる景色に色が戻ってきたような気がする。

あと少し・・・かな。

ツラカッタネ。